●田嶋文生博士(東京大学大学院理学系研究科生物科学 教授)
「遺伝的変異の遺伝子系図学的解析理論」

 

集団内変異と進化の機構を分子のレベルで明らかにすることは集団遺伝学の最も重要な課題である。田嶋博士は、集団内と集団間の遺伝的変異を統計的に解析する分野の第一人者として、その名が世界中に知られている。中でも、集団内DNA多型に関し、遺伝子系図学の理論からDNA配列の進化的関係を明らかにした研究は、田嶋博士の最も優れた業績のひとつで、その発表論文(Genetics 105:437-60,1983)は被引用件数が1,000を優に超えている。

 

この第11回進化学会学会賞等授賞理由論文は2009年12月、論文を発表した米国Genetics誌によって、過去93年間で飛躍的進歩をもたらした精選論文25編のひとつに選出されている。田嶋博士は、この理論に基づきDNA変異の中立性を検定する統計的方法を考案し、1989年にGenetics誌に発表した。この方法はTajima’s Testとして広く用いられ、発表論文の被引用件数は3,000を優に超えている。その後、淘汰が働く場合、集団の大きさが変化した場合、集団構造がある場合あるいは突然変異率が座位ごとに異なる場合などについて、DNA変異のパターンの研究を発展させてきた。

 

その他にも、田嶋博士は、集団間の塩基置換数(遺伝的距離)の推定法や系統間での進化速度の違いを検定する方法、集団の有効な大きさの推定法などを開発し、実験集団遺伝学と深く関わった理論の進展に貢献してきた。
 

以上の業績は理論、実験両面の集団・進化遺伝学者はもとより、DNA 変異を解析するあらゆる分野の研究者に多大な影響を及ぼしてきた。