●岸野洋久(東京大学大学院農学研究科 教授)
「統計学的手法による分子系統解析法の開発」

 

岸野洋久氏は分子系統学の統計的手法の開発で顕著な業績をあげた。この分野における岸野氏の卓越した業績は大きく二つにあげられる。その一つは、最尤法による系統樹推定の応用に関する業績で、最尤系統樹の信頼区間を評価する方法を開発し(Kishino and Hasegawa 1989. Journal of Molecular Evolution 29:170-179)、その後分子系統学の分野で広く使われるようになった。また、それまで塩基配列データしか扱えなかった最尤法による分子系統樹推定をアミノ酸配列データにまで適用できるようにする方法を開発し(Kishino, Miyata, and Hasegawa 1990. Journal of Molecular Evolution 31:151-160)、それによってより現実に即したモデルによる系統樹解析が可能になった。これらの業績によって、最尤法による分子系統樹解析の基盤が整備され、その後の発展に大きく貢献したものとして高く評価されている。

 

もう一つの大きな業績は、Jeffrey Thorne氏らとの共同で行われた、ベイズ法による分岐年代推定法に関する一連の研究である(例えば、Kishino, Thorne, and Bruno 2001. Molecular Biology and Evolution 18:352-361)。分岐年代推定は系統樹の樹形推定と並んで、分子系統学の重要な課題で、これらの論文では、分子進化速度が変動する過程を、事前にグループ分けするなど強い制約を置くことなく柔軟に推定する階層モデルを提案した。このようなベイズ型階層モデルが開発されたことによって、進化速度の変動を考慮に入れた上で、化石などによる絶対年代の制約を与えて分岐年代推定ができるようになった。その後、実用的により使いやすい方法が多く開発されたが、それらの理論的な基盤は岸野博士らの研究に遡るもので、その業績は国際的に高く評価されている。