●田村宏治(東北大学)
「脊椎動物の付属肢を対象とした進化発生学的研究」

 

田村宏治氏は、ニワトリ、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュなどの脊椎動物胚を材料に四肢の発生、再生、多様性についての研究で顕著な研究成果をあげている。 再生研究では、アフリカツメガエルを題材に、特定の生物だけが持つ器官を完全に再生する能力の解明に取り組んできた。アフリカツメガエルの幼生の肢は、初期では完全に再生するものの、成熟するにつれて再生能力が低下し、変態後にはスパイクとよばれる不完全な構造しか再生できなくなるという特徴を持つ。田村氏は、こうした特徴を利用し、アフリカツメガエルが成体になると肢の再生ができなくなる原因を探ることを通して、形態的にも機能的にも完全な肢を再生するために必要な条件を次々と明らかにしてきた。さらに、この系を用いて、再生芽における shh 遺伝子の発現の重要性 (Endo et al. 2000, Dev Biol 220: 296-306; Yakushiji et al. 2007, Dev Biol 312: 171-182; Yakushiji et al. 2009, Dev Dyn 238: 1887-1896)、wnt/β-catenin シグナルの要求性の違い(Yokoyama et al. 2011, PLoS ONE 6: e21721)、hoxa11 と hoxa13 の正確な発現パターンの重要性(Ohgo et al. 2010, Dev Biol 338: 148-157)などを明らかにした。これらの成果は、生物の再生能力を理解する上で基盤となる重要な発見として、高く評価されている。 また、田村氏は鳥類の進化についても、150年に渡り議論されてきた問題に対して終止符を打つ研究成果を報告している。恐竜の前足の3本の指は、第1-2-3指であるのに対し、恐竜の一部から進化した鳥類の翼の3本の指は、第2-3-4指である、というパラドクスは始祖鳥の発見以来指摘され続けてきた。田村氏は、ニワトリ胚を用いた古典発生学的実験の結果をもとに、鳥類の翼の指が第1—2—3指として形成されていることを示した。この研究成果は、鳥類恐竜起源説を強く支持することとなった(Tamura et al. 2011, Science 331: 753-757)。近年では、鳥類すべてが固有に有する保存配列(「鳥類エンハンサー」)を同定し、鳥類エンハンサーが前肢に風切羽という特有の形質をもたらしうることを示した(Seki et al. 2017, Nature Comm 8: 14229)。 以上のように田村氏の進化発生学分野における業績は顕著であり、日本進化学会学会賞授賞に十分に値すると判断した。